2010.03.10 Wednesday
【3/9】ミニスカート禁止
昼:サラダ、ベーコンエッグ、冷奴
夜:サラダ、ベーコンエッグ、冷奴
・ギギギ……。時間がぜんぜん足りねえぜ。今日はダンゲロスの直しと、あと仏教書をちょっと書こうと思ってたのによー。
・「仏教誕生」読了。面白かった。あと、愛忍者さんにすごく合いそうな本だと思った。もしくは愛忍者さんは既に読んでるのではなかろうか。そのくらい愛忍者さんの言ってることに近いと感じた。「釈迦は道徳否定論者」であり、「釈迦はこの世のことなんかどうでもいいと思って」おり、「輪廻転生は気のせい(byヤージュニャヴァルキヤ)」な辺りが特に。しかし、昨日の日記でも書いた通り、六師外道と釈迦の関係とか中村先生の説と真っ向対立しているんだけどどうしたもんかなー。初心者入門書を書く立場として私はどっちの説を採ればいいんだろう。分り易いのは中村先生だが、面白いのは宮元先生だよな。
・あと、宮元先生の素晴らしいところは「禅定なんかただの生理現象だ」と言い切ってるところ。大乗仏教は「向いてる人ならすぐにできる」禅定を「解脱」であり「智慧」であるとしてしまったと書いてあり、これは非常に面白かった。つまり、私たちが「悟りスゲー」「悟りヤベー」って言ってるのは、私たちが「向いてない」から(正確にはチャレンジすらしてないので向いてないかどうかすら知らない)「向いていてできる人」に対して憧れているだけであり、でも向いてりゃできるんだからそこを神聖視しても仕方ねーだろ、それよりもそこから組み立てられた論理的思考(智慧)が大事だろ、っていうこと。言ってみれば、エクストリームスポーツのすげえトリックを見て、「うおっ、スゲエ。あんなんできねえよ、ヤベエ」って言ってるようなもので、でもやってみれば意外とできるかもしれないし、意外と自分にも天性があるのかもしれない。大乗仏教や禅でいう悟りってのはまあそんなもんだっていうこと。
・ディスカバリーチャンネルで「拷問と処刑の歴史」を見てた。このシリーズは出演しているおねーさんが(何学者の人か分からないが、おそらく医学関係だろう)すげえ可愛くて、おねーさんがダミー人形で実験するたびに、「こんな可愛いお姉さんに拷問されるなんてハァハァ」みたいな亜空の楽しみ方もできるのでお得ですねハァハァ。でも、異端審問の拷問器具はマジハンパなくヤベエのでいくらお姉さんが可愛くてもされたくないのですよ。ユダのゆりかごとかマジでノーセンキューです。
***
昨日、「東京都青少年健全育成条例改正の反対者はここに署名しろ」と書いたけど、すまん、ありゃあウソだった。あれに署名しても別の法案に対するアンチになるだけで意味がなかったわい。
で、結局のところ、都議の人にメールするのが一番いいみたいなので、正直そこまでエネルギーかけるのは嫌だったんだけど(だから署名を探したんだよね)、しかし、間違えて署名しても何の助けにもならないわけだから、もうこうなりゃイチかゼロだろうと足立区の民主党議員の人にメールしてみたんだ。そしたら速攻で電話がかかってきた。ちゃんと読んでくれるし反応してくれるんだなー。なんだか直接選挙制みたいだ。なんつーか、議員の人にメールをするとか勇気いるし、だるいし、時間かかるし、アレだと思うけど、みんなも時間を掛けてやってみてもいいかもしれない。リアクションがなくても、たぶんちゃんと読んでくれると思うので。
ただ、今回、「署名程度に抑えたい」と思ったのは、この改正案の良し悪しをまだ十分に私が消化しきれてないからなんだよね。私の仕事に関わるから、どちらかと言えばもちろん反対なのだけど、人類全体の前進やら発展やらのレベルになると一概に悪いとも言い切れない(かもしれない)ので、声高らかに反対を叫ぶ程の思い切りは持てないというか……。
たとえば、バハイやキリスト教のアイデアを前提に考えれば、彼らは「実際に何をしたか」ではなく、「何を思ったか」まで問題と考えるので、この改正案はおそらくオーケーなんだよな。また仏教的に考えても阿羅耶識に悪業が溜まっていくことを考えれば、創作物であり実際の被害者がいなくても「本人にとって良くない」と言えるのかもしれない。私たちからすれば「何を気の狂ったことを言ってるんだ。誰にも迷惑かけてないじゃないか」と言いたいところだけど、前提とする価値観や世界観が異なれば十分に問題視されるべきことだったりもして、そして、どちらの世界観が正しいかなんて分からんのですよ。唯一神又吉イエスの「ミニスカート廃止」もキリスト教ベースでガチガチに考えていけば実は理解できなくもない主張だったりするしね。
夜:サラダ、ベーコンエッグ、冷奴
・ギギギ……。時間がぜんぜん足りねえぜ。今日はダンゲロスの直しと、あと仏教書をちょっと書こうと思ってたのによー。
・「仏教誕生」読了。面白かった。あと、愛忍者さんにすごく合いそうな本だと思った。もしくは愛忍者さんは既に読んでるのではなかろうか。そのくらい愛忍者さんの言ってることに近いと感じた。「釈迦は道徳否定論者」であり、「釈迦はこの世のことなんかどうでもいいと思って」おり、「輪廻転生は気のせい(byヤージュニャヴァルキヤ)」な辺りが特に。しかし、昨日の日記でも書いた通り、六師外道と釈迦の関係とか中村先生の説と真っ向対立しているんだけどどうしたもんかなー。初心者入門書を書く立場として私はどっちの説を採ればいいんだろう。分り易いのは中村先生だが、面白いのは宮元先生だよな。
・あと、宮元先生の素晴らしいところは「禅定なんかただの生理現象だ」と言い切ってるところ。大乗仏教は「向いてる人ならすぐにできる」禅定を「解脱」であり「智慧」であるとしてしまったと書いてあり、これは非常に面白かった。つまり、私たちが「悟りスゲー」「悟りヤベー」って言ってるのは、私たちが「向いてない」から(正確にはチャレンジすらしてないので向いてないかどうかすら知らない)「向いていてできる人」に対して憧れているだけであり、でも向いてりゃできるんだからそこを神聖視しても仕方ねーだろ、それよりもそこから組み立てられた論理的思考(智慧)が大事だろ、っていうこと。言ってみれば、エクストリームスポーツのすげえトリックを見て、「うおっ、スゲエ。あんなんできねえよ、ヤベエ」って言ってるようなもので、でもやってみれば意外とできるかもしれないし、意外と自分にも天性があるのかもしれない。大乗仏教や禅でいう悟りってのはまあそんなもんだっていうこと。
・ディスカバリーチャンネルで「拷問と処刑の歴史」を見てた。このシリーズは出演しているおねーさんが(何学者の人か分からないが、おそらく医学関係だろう)すげえ可愛くて、おねーさんがダミー人形で実験するたびに、「こんな可愛いお姉さんに拷問されるなんてハァハァ」みたいな亜空の楽しみ方もできるのでお得ですねハァハァ。でも、異端審問の拷問器具はマジハンパなくヤベエのでいくらお姉さんが可愛くてもされたくないのですよ。ユダのゆりかごとかマジでノーセンキューです。
***
昨日、「東京都青少年健全育成条例改正の反対者はここに署名しろ」と書いたけど、すまん、ありゃあウソだった。あれに署名しても別の法案に対するアンチになるだけで意味がなかったわい。
で、結局のところ、都議の人にメールするのが一番いいみたいなので、正直そこまでエネルギーかけるのは嫌だったんだけど(だから署名を探したんだよね)、しかし、間違えて署名しても何の助けにもならないわけだから、もうこうなりゃイチかゼロだろうと足立区の民主党議員の人にメールしてみたんだ。そしたら速攻で電話がかかってきた。ちゃんと読んでくれるし反応してくれるんだなー。なんだか直接選挙制みたいだ。なんつーか、議員の人にメールをするとか勇気いるし、だるいし、時間かかるし、アレだと思うけど、みんなも時間を掛けてやってみてもいいかもしれない。リアクションがなくても、たぶんちゃんと読んでくれると思うので。
ただ、今回、「署名程度に抑えたい」と思ったのは、この改正案の良し悪しをまだ十分に私が消化しきれてないからなんだよね。私の仕事に関わるから、どちらかと言えばもちろん反対なのだけど、人類全体の前進やら発展やらのレベルになると一概に悪いとも言い切れない(かもしれない)ので、声高らかに反対を叫ぶ程の思い切りは持てないというか……。
たとえば、バハイやキリスト教のアイデアを前提に考えれば、彼らは「実際に何をしたか」ではなく、「何を思ったか」まで問題と考えるので、この改正案はおそらくオーケーなんだよな。また仏教的に考えても阿羅耶識に悪業が溜まっていくことを考えれば、創作物であり実際の被害者がいなくても「本人にとって良くない」と言えるのかもしれない。私たちからすれば「何を気の狂ったことを言ってるんだ。誰にも迷惑かけてないじゃないか」と言いたいところだけど、前提とする価値観や世界観が異なれば十分に問題視されるべきことだったりもして、そして、どちらの世界観が正しいかなんて分からんのですよ。唯一神又吉イエスの「ミニスカート廃止」もキリスト教ベースでガチガチに考えていけば実は理解できなくもない主張だったりするしね。




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